先日29日に開票が行われました自民党総裁選。事実上、次の総理大臣を決める選挙ということもあって、非常に注目が集まっています。
今回は、総裁選候補者の一人、「河野太郎さん」について調査しました。
非常に頭がよく、優秀な方だという河野さん。
頭がいいエピソードや、慶応義塾大学を退学した理由などについてまとめましたので、ぜひともご覧ください。
目次
河野太郎さんプロフィール
名前 | 河野 太郎(コウノ タロウ) |
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出身地 | 神奈川県 |
年齢 | 58歳(2021年9月現在) |
生年月日 | 1963年1月10日 |
血液型 | O型 |
出身大学 | ジョージタウン大学 比較政治学専攻 |
党派 | 自民党 |
趣味 | |
好物 | ドリアン |
河野さんは神奈川県平塚市出身です。学生時代は中高ともに競争部主将をつとめ、勉学だけではなく部活動にも注力していたようです。
出身大学はジョージタウン大学になります。ジョージタウン大学はワシントンDCに位置し、多くの政治家を輩出しているアメリカ屈指の名門大学として知られています。
また、ジョージタウン大学は「政治学」や「国際関係学」において世界でもトップレベルを誇っています。
河野さんの英語力や、国際的な政治に関する思考力は大学時代に培われたといっても過言ではありません。
好物はドリアンということもあり、外務大臣時代には、その匂いで省内がちょっとした騒ぎになったこともあったということです。
ちなみに、ドリアンの匂いは「くさったネギのようなにおい」とのことです・・・・・・。
経歴
衆議院議員選挙で当選8回、外務大臣、防衛大臣などを経験している河野さん。
政治家として非常に華々しい経歴をお持ちです。ここでは、河野さんの経歴を表にまとめましたのでご確認ください。
1978年3月 | 慶応義塾中等部卒業 |
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1981年3月 | 慶応義塾高校卒業 |
1981年4月 | 慶応義塾大学 経済学部入学 |
1981年6月 | 慶応義塾大学 中退 |
1982年9月 | ジョージタウン大学 入学 |
1985年12月 | ジョージタウン大学 卒業 |
1986年2月 | 富士ゼロックス株式会社 入社 |
1993年1月 | 日本端子株式会社 入社 |
1996年10月 | 衆議院総選挙にて初当選 |
2000年6月 | 衆議院総選挙にて2回目の当選 |
2002年1月 | 総務大臣政務官に就任 |
2003年11月 | 衆議院総選挙にて3回目の当選 |
2004年10月 | 第九代自民党神奈川県連会長に就任 |
2005年9月 | 衆議院総選挙にて4回目の当選 |
2005年11月 | 法務副大臣に就任 |
2008年9月 | 衆議院外務委員長就任 |
2009年8月 | 衆議院総選挙にて5回目の当選 |
2009年9月 | 自民党総裁選出馬 結果は次点 |
2012年12月 | 衆議院総選挙にて6回目の当選 |
2014年12月 | 衆議院総選挙にて7回目の当選 |
2015年10月 | 国務大臣、国家公安委員会委員長、行政改革担当、国家公務員制度担当、内閣府特命担当大臣に就任 |
2017年8月 | 外務大臣に就任 |
2017年10月 | 衆議院総選挙にて8回目の当選 |
2017年11月 | 外務大臣再任 |
2018年10月 | 外務大臣留任 |
2019年9月 | 防衛大臣に就任 |
2020年9月 | 国務大臣、行政改革担当、国家公務員制度担当、内閣府特命担当大臣に就任 |
2021年1月 | 新型コロナウイルス感染症ワクチン接種担当を兼務 |
改めて見てもすごい経歴をお持ちですね。
衆議院総選挙で8回当選、入閣されてからは外務大臣や防衛大臣など外交にかかわる非常に重要な業務を担当されています。
地元有権者に支持されているのはもちろんのこと、自民党員からも大きな信頼を得ていることが分かりますね。
また、2021年1月からは新型コロナウイルス感染症ワクチン接種担当を兼務されており、ファイザー社製ワクチンの確保に大きく貢献されています。
家族構成
素晴らしい経歴をお持ちの河野さんですが、すごいのは経歴だけではないのです!
なんと、河野家は戦前・戦後を通じて90年近く、一族で国政に議席を持ち続けています。
また、母方の実家は実業家として有名な家柄となっています。
それでは早速、河野さんの家族構成を確認していきましょう!
河野 洋平(父) | 副総理大臣、自民党総裁 |
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河野 次郎(弟) | 日本端子株式会社 代表取締役社長 |
河野 一郎(父方祖父) | 副総理大臣 |
伊藤 恭一(母方祖父) | 「東洋紡績会長」 |
二代目 伊藤 忠兵衛(母方曾祖父) | 「伊藤忠商事」、「丸紅」創業者 |
初代 伊藤 忠兵衛(母方高祖父) | 「伊藤忠商事」の礎を作った |
父方の家系は政治家、母方の家系は事業家としてとても多くの業績を残していますね!!
祖父の河野一郎さん、父の河野洋平さんはともに副総理大臣を経験されており、政治の中心人物をして大きな影響力を持っていたことは間違いないですね!!
母方の曽祖父の伊藤忠兵衛さんは日本五大商社の一つ『伊藤忠商事』と『丸紅』の創業者とのことです!!
本当にすごいご家族をお持ちですね。
このような、偉大な人たちがいる家庭環境で育った河野さんは幼少期から政治や商売に関する考え方を多く学べたのではないかなと思います。
偉大なご家族が河野さんの現在の人生に多くの影響を与えたということは間違いなさそうですね。
しかし、親族の集まりなどは本当にすごいことになりそうです・・・・・・・・・・・・。
河野太郎さんの頭いいエピソード
経歴を見ていただいてもわかるように、河野さんは非常に優秀な方です。また、学歴だけではなく、柔軟な思考力もお持ちです。
今回は河野さんの頭いいエピソードについても調査してみました。
1.脱ハンコ
今日の閣議から閣議請議の事務が見直されました。「青枠」「こより綴じ」、請議大臣の公印押印が廃止されました。 pic.twitter.com/qxXOcfYy6Y
— 河野太郎 (@konotarogomame) October 16, 2020
河野さんといえば行政改革として「脱ハンコ」を推奨したことで有名ですよね。
「脱ハンコ」を取り入れたことにより文書のデジタル化が進み、業務を効率化することができるなどたくさんのメリットが生まれました。
「脱ハンコ」を進めた河野さんですが、「はんこ文化は好き」とのことで、「はんこ文化を振興していくお手伝いはしっかりやりたい」とも言われています。
「ハンコ文化を守りつつ、業務効率化のために不必要な押印をなくす」というのは大変だとは思いますが、ぜひとも実現してほしいですよね。
前にもツイートしたけれど、行政の手続きにハンコはやめようと言ってるのであって、ハンコ文化は好きです。 pic.twitter.com/1GFKCsxfT5
— 河野太郎 (@konotarogomame) September 23, 2020
2.Twitterを利用した発信力
河野さんは積極的にSNSの「Twitter」を利用しています。
まじめなツイートから、面白いツイートまで幅広く投稿しており、関係者だけではなく若者からの人気も高まっています。
河野さんはTwitter上で一般ユーザーともフランクに会話をしています。中には利用者のコメントに対して突っ込んでいるものも・・・・・・・。
河野さんは父に洋平さん(元副総理)、祖父に一郎さん(元副総理)を持つ「政界のサラブレッド」ですが、それを感じさせない姿に多くのネットユーザーが好感を抱いてます。
ご自身の持つ意外性をうまく活用されているといえますね!
https://twitter.com/konotarogomame/status/1130661069980966913?s=20
3.英語力
大学時代をアメリカで過ごしたこともあり、河野さんは非常に英語が堪能です。
海外メディアからのインタビューも英語で受け答えしており、英語力の高さは政治家として大きな強みとなっています。
インタビューにおいて、河野さんはインタビューアーを意図をくみ取り、的確な返答をしています。
発言者の意図をくみ取り、必要な返答をするというのは会話や仕事において非常に大切なことです。
英語力だけではなく、コミュニケーション力を併せ持つ河野さん、流石としか言いようがありません。
4.自衛隊不用品オークション
河野さんは財源確保を目的とした「自衛隊不用品オークション」を行ったことで話題になりました。
練習艦「やまゆき」の操舵輪、空自パイロットのヘルメット、輸送機の操縦桿、ラダーペダルなど21件を出品しました。
一般から参加者を募り、当選者が防衛省内のオークションに参加したとのことです。
売上総額はなんと、581万8000円!!非常に良い結果で終わることができたようです。
今まで、廃棄することしかできなかった物品が必要な人たちの手に渡り大切にされていく、素晴らしいサイクルですよね!
河野さんの柔軟な発想力には本当に驚かされます!!
慶応義塾大学を退学した理由とは!?
経歴のところでも紹介しましたが、河野さんは高校卒業後、慶応義塾大学に進学していますが、わずか2か月で中退しています。
その理由はなんだったのでしょうか?
理由1 英語が話せる政治家になるため
1つ目の理由としては、「将来英語が話せる政治家になりたい」という強い思いがあったからだといえます。
実際、慶応義塾大学を中退後は名門といわれるジョージタウン大学に進学し、比較政治学を専攻しています。
ジョージタウン大学の政治学は世界でもトップレベルです。高い専門性を身に着け、同時に英語を学べるという意味ではジョージタウン大学は河野さんにとってぴったりの大学だったといえます。
専門性の高い知識を学ぶということは、その分だけ専門的な言葉を知っておかなくてはいけないので、当時は非常に多くのことを学ばれたはずです。
学生時代から真剣に自分の将来と向き合い、それを実現するという姿勢は本当に素晴らしいですよね!
理由2 「箱根駅伝」に出場できないと思ったから
この理由に驚いた方は多いかもしれません、私もその一人です。
実は河野さんは中高ともに競争部主将を務め、学生時代は部活にも力をいれていました。
家が神奈川県平塚市ということで、小さいころから「箱根駅伝」を自分の目で見ることができました。
その影響もあってか、「箱根駅伝」に出場することは学生時代に河野さんの大きな目標となり、長距離選手として日々の練習に力をいれてきました。
慶應義塾大学に入学し、選手として「箱根駅伝」出場を目指していましたが、このままでは順位の関係で大学が「箱根駅伝」に出れないということを知ってしまい、渡米を決意したとのことです。
「箱根駅伝」のことが直接大学を中退した理由ではないのかもしれませんが、大きな要因の一つであったことは間違いありません。
もし、箱根駅伝に出れると分かっていたならば、河野さんが渡米するのはもう少し後になっていたのかもしれませんね。
まとめ
- 父、祖父ともに有名な政治家
- 出身はジョージタウン大学で英語が堪能
- 脱ハンコを進めた
- 慶応義塾大学を2か月で退学
- 英語が話せる政治家になるため渡米
河野さんの目標に向かって努力する姿勢や、新しいことを取り入れたうえできっちり活用する力、柔軟な思考力ゆえの発想力は本当に素晴らしいですよね。
これらは、多くのことを河野さんご自身が経験されたからこそ培われたものであると私は思います。
河野さんの知識と経験を活かし、国民のより良い暮らしのために、必要なことは積極的に取り入れていってほしいですよね。
今後も政治家「河野太郎」さんから目が離せません。